qCMOS®カメラ vs EM-CCDカメラ vol. 2 – 量子ビット状態の検出

量子コンピューティングは、ポストムーア時代の新たな技術として、さまざまな産業に革新的なブレイクスルーをもたらすと期待されています。現在、世界中の研究機関で実用化とその先の産業化を見据えた開発が進められています。

量子コンピューターのハードウェアには複数の方式がありますが、実用化に向けた有力なアプローチのひとつが、単一の中性原子またはイオン(以下まとめて「原子」と表記)を用いた方式です。この方式では、原子の蛍光を観測することで量子ビットアレイのモニタリングや量子ビットの状態検出を行います。量子ビットの状態を正確に検出するためには、単一原子の蛍光の有無を高速かつ高精度に判定する必要があり、そのためには高性能な計測用カメラが不可欠です。カメラの性能は、量子コンピューターの性能に直結すると言っても過言ではありません。

従来、量子ビットの状態検出にはEM-CCDカメラが広く使用されてきましたが、近年では感度が大幅に向上したCMOSカメラが注目を集めています。当社は科学計測用カメラのリーディングカンパニーとして、CMOSカメラの特長である定量性・高速性・高解像度を維持しながら、EM-CCDに匹敵する感度を実現した「qCMOS®カメラ(ORCA®-Questシリーズ)」を開発しました。現在、国内外の量子研究機関への導入が進んでおり、量子コンピューティング分野における新たなスタンダードとして注目されています。(詳細は「qCMOS vs EM-CCD vol.01」をご参照ください)。

 

本記事では、量子コンピューターの開発において重要な「原子蛍光検出の忠実度」について、qCMOSカメラ、sCMOS Gen IIIカメラ(qCMOSの前世代)、EM-CCDカメラを用いた定量的なシミュレーション結果を比較し、qCMOSカメラの優位性を明らかにします。

原子蛍光検出の忠実度の求め方

原子蛍光検出の忠実度は、以下の3ステップに基づいて定量的に評価することができます。

(i) 画像シミュレーションによる光度積算値の取得

On/Offそれぞれの状態に対して100,000フレームの画像シミュレーションを生成します。各フレームにおいて、原子を囲む3×3ピクセルアレイ内の光度を積算し、光度積算値を算出します。

画像シミュレーションによる光度積算値の取得

(ii) ヒストグラム解析による判定閾値の設定

On/Offそれぞれの状態に対して光度積算値の頻度ヒストグラムを作成します。両ヒストグラムが交差する位置を、On/Off状態を判定するための閾値として設定します。交差しない場合は、両分布の中間地点を閾値とします。

(iii) 忠実度指標の算出

設定した閾値に基づき、以下の指標を算出します。これらの指標により、各カメラ方式における原子蛍光検出の精度を定量的に比較することが可能です。

  • True positive rate(真陽性率):On状態の積算値が閾値以上となっている割合
  • エラー率:1-True positive rate/100

忠実度指標の算出

原子蛍光検出におけるシミュレーション条件

本シミュレーションでは、原子蛍光検出の忠実度を定量的に評価するために、以下の条件を設定し、各カメラ方式の性能を比較しました。

対象波長

  • 493 nm (Ba+イオン)
  • 780 nm (Rb原子)

光学条件

  • スポットサイズ:回折限界σspot=1.22NA/λの広がりを持つ
  • 対物レンズの開口数(NA): 0.8
  • 対物レンズの倍率: “2σspot”=カメラのピクセルサイズと一致するよう設定

信号条件

  • 原子信号: 104 photons/sec/atom
  • バックグラウンド信号: 蛍光ピークの1/10(実際の実験環境に基づいたもの)

原子蛍光検出におけるシミュレーション

カメラの条件

本シミュレーションでは、原子蛍光検出の忠実度に影響を与える主要なカメラのパラメータに着目し、各方式の性能を比較しています。

特に本用途では高速撮像が求められるため、各カメラの最速のスキャンモード時のノイズの値を前提条件としています。

仕様

ORCA-Quest 2

qCMOSカメラ

ImagEM® X2-1K*1

EM-CCDカメラ

ORCA-Fusion BT

sCMOS Gen IIIカメラ

ピクセルサイズ (μm) 4.6×4.6 13×13

6.5×6.5

量子効率 (493 nm / 780 nm) 84 % / 49.1 % 90 % / 73 % 90 % / 63.3 %
読み出しノイズ (e- rms) 0.43  < 1.0 (M =1200) 1.6
データレート (Megapixel/sec) 1,130 10 470

*1浜松ホトニクス製EM-CCDカメラ。現在は製造および販売中止となっている。

CMOSカメラは、量子コンピューターに必要とされる高速なデータレート(=「ピクセル数」×「フレームレート」)に対応可能であり、実用性の高い選択肢です。

しかし、EM-CCDカメラと比較してどれだけ高い忠実度を示せるかが、本用途での採用可否を判断する上での重要なポイントとなります。中でも注目すべき感度パラメータが「量子効率」です。EM-CCDカメラは、特に近赤外領域(今回のシミュレーションでは780 nm)において、qCMOSカメラよりも相対的に高い量子効率を持つ場合が多く、検出性能に影響します。

シミュレーション結果および考察

原子蛍光検出の忠実度は、量子コンピューターの性能に大きな影響を与えます。たとえば、忠実度が「99 %か、99.9 %か」というわずかな違いであっても、システム全体の信頼性や演算精度に大きな差が生じます。

本シミュレーションでは、「99 %以上の忠実度(=1 %以下のエラー率)」を達成できるかそうかに焦点を当て、各カメラの性能を比較しています。

シミュレーション結果:波長493 nm (Ba+イオン)

シミュレーション画像

  • 露光時間:10 ms
  • 原子信号:100 photons/atom/frame
  • バックグラウンド信号:4.7 photons/pixel/frame

頻度ヒストグラムの比較

  • 露光時間:10 ms

頻度ヒストグラムの比較

※EM-CCDカメラの出力はゲインによって増幅されるため、横軸の値はゲインで割ることで、実際に検出された光電子数として規格化しています。

 

  • 露光時間:5 ms

頻度ヒストグラムの比較

  • 露光時間:2 ms

頻度ヒストグラムの比較

エラー率の比較

エラー率の比較

※露光時間10 msの条件下では、ORCA-Quest 2(Standard)および ORCA-Fusion BT(Fast)のエラー率が0%となるため、対数グラフ上ではプロットされません(対数スケールでは0が表示できないため)。

シミュレーション結果:波長780 nm (Rb原子)

シミュレーション画像

  • 露光時間:10 ms
  • 原子信号:100 photons/atom/frame
  • バックグラウンド信号:4.7 photons/pixel/frame

頻度ヒストグラムの比較

  • 露光時間:10 ms

頻度ヒストグラムの比較

  • 露光時間:5 ms

頻度ヒストグラムの比較

  • 露光時間:2 ms

頻度ヒストグラムの比較

エラー率の比較

エラー率の比較

考察

本シミュレーションでは、qCMOSカメラがEM-CCDカメラと比較して、波長493 nmにおいて特に優れた忠実度(低エラー率)を示しました。さらに、相対的に量子効率が低くなる波長780 nmにおいても、qCMOSカメラはEM-CCDに対してやや優位な結果を示しました。

 

また興味深いことに、qCMOSカメラの前世代であるsCMOS Gen IIIカメラ(ORCA-Fusion BT)においても、エラー率1 %以下の領域ではEM-CCDカメラよりも高い忠実度を示す結果となりました。

 

この結果の背景には、EM-CCDカメラの特性が関係しています。EM-CCDは電子増倍機構により超高感度な光検出を可能にしていますが、増倍に伴う揺らぎ(ノイズ)が避けられず、定量的な計測精度に影響を与えます。量子ビットの状態検出では、高い忠実度を実現するために定量性が極めて重要であり、以下の図に示すように、EM-CCDではヒストグラムの分布が広がってしまう傾向があります。その結果、量子効率が相対的に低くても、qCMOSカメラの方がより高い忠実度を達成できるという、実用上重要な知見を得ることができました。

頻度ヒストグラムの比較考察

参考情報として、バックグラウンド信号が一切存在しない理想的な条件下でのシミュレーション結果も併せて掲載します。原子量子コンピューターでは、原子の操作や量子ビット状態検出にレーザが使用されるため、バックグラウンド信号を完全にゼロとするのは現実的ではありません。しかし、EM-CCDカメラはバックグラウンドの影響を受けやすい特性があるため、比較の一環としてこの条件での結果を提示します。

 

この理想条件下においても、波長493 nmではqCMOSカメラが引き続き優れた忠実度を示しました。一方で、波長780 nmではEM-CCDカメラが優位となる結果が得られました。

 

バックグラウンド無しのシミュレーション結果

 

 

まとめ

本シミュレーションの結果、原子蛍光検出においてqCMOSカメラはEM-CCDカメラと比較して、ほとんどの条件下で優れた忠実度を示すことが明らかになりました。

近年のCMOS技術の進化により、qCMOSカメラは高感度・高速・高解像度を兼ね備えた次世代のイメージングデバイスとして注目されています。

この特性は、中性原子やイオンを用いた量子コンピューターの高速化・大規模化において、極めて重要な役割を果たすと考えられます。

 

qCMOSカメラは、量子技術のさらなる発展を支える中核的な計測ツールとして、今後ますますその価値を高めていくでしょう。

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