ORCA-Questを用いた細胞の一分子蛍光観察

岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 細胞生物物理学研究室では、細胞内や細胞膜上に存在する分子のメカニズムを解明するための研究しており、一分子蛍光観察用のカメラとして2022年にqCMOSカメラ「ORCA-Quest」を導入いただいております。

同研究室の鈴木健一 氏(教授)、廣澤幸一朗 氏(研究員)と、2023年5月まで同研究室に所属され、現在は国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野 ユニット長を務める笠井倫志 氏にORCA-Questを導入した経緯やその使用感、今後の研究の展望についてインタビューを行いました。

 

現在の研究について

岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 細胞生物物理学研究室では、細胞内に存在するタンパク質や脂質分子等を一分子ずつ観察し、起きている事象の時間や頻度等の統計を取ることで分子の働く仕組みを解明することを目指しています。

分子の働く仕組みを解明するためには、分子の挙動を顕微鏡下で観察する必要があります。私たちは超高感度なカメラを使って、実験の内容に合わせて、ときには高速に、ときには高解像度に分子をイメージングし、分子の挙動や分子と分子の相互作用を解明しようとしています。また、このような観察を行うための最適な光学系の構築やイメージング手法の開発も行っています。

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左から 笠井 倫志 氏、 鈴木 健一 氏、廣澤 幸一朗 氏

一分子蛍光観察における課題

一分子蛍光観察における一番の課題は、分子から発せられる信号が非常に微弱であることです。加えて、分子の挙動を観察するために高速撮像を行うことから1フレームあたりの入射信号が少なくなること、信号が微弱ゆえに通常の落射照明観察ではバックグラウンドに信号が埋もれてしまうことなど、複数の要因が重なることで、信号の検出のハードルが高くなってしまいます。バックグラウンドを低減させるために、一分子蛍光観察では全反射照明蛍光顕微鏡(TIRF)を使用することが一般的ですが、最終的に信号をデータとして出力するカメラ側の読み出しノイズを下げることもまた重要となります。

このように一分子蛍光観察には様々な課題がありますが、この課題を解決する方法として一般的なのは、微弱な信号を増倍して検出することができるEM-CCDカメラや、I.I.(イメージインテンシファイア) とsCMOSカメラ(科学計測用CMOSカメラ)を組み合わせて撮影を行うことでした。しかし、EM-CCDカメラやI.I.は信号を増倍する過程で信号のゆらぎを発生させてしまうため、信号の定量性が低くなることに加え、分解能も低下するという欠点があります。私達の研究室では近年一分子の超解像イメージングも行っておりますが、ゆらぎによる分解能の低下は超解像画像の画質低下につながるため、I.I.等を使わずに信号を検出できるカメラを必要としていました。

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ORCA-Quest 導入の決め手

ORCA-Questを導入した一番の決め手は、ORCA-Questをお借りした際に取得した画像を見て一目でノイズの低下による画質の向上がこれまでのカメラとは格段に違うと実感できたことです。もちろんスペックシートを見てノイズが下がっていることはわかっていましたが、実際に出力された画像を目で見てすぐに明らかな違いが実感できるほどの性能の向上には、「カメラの性能もここまで来たか」と感じたことを覚えています。

私達の研究室では、ORCA-Quest以前のORCA-Flash4.0やORCA-Fusion等も使用しています。これらのカメラも非常に高感度なカメラではあるのですが、私達が必要とするフレームレートではやはり一分子からの信号が弱く、カメラ単体では満足のいく画像が得られませんでした。そのため、これらのsCMOSカメラとI.I.を組み合わせて撮影をしていました。しかし、ORCA-Questではカメラ単体で撮影をしても満足のいく一分子蛍光画像が取得できました。これによって一分子のトラッキングや、超解像画像作成時のクオリティを向上させることができると考え、導入に至りました。

 

現在はORCA-QuestとI.I.+sCMOSカメラを実験によって使い分けています。非常に高速な撮影を行う必要があるケースでは、感度面でI.I.+sCMOSカメラの組み合わせに軍配が上がることもありますが、多くのケースではORCA-Questで満足のいく画像を取得することができています。

撮像例

チャイニーズハムスター卵巣由来のCHO細胞内に、蛍光タンパク質mStayGoldで標識したケモカイン受容体CXCR4を発現させ、ORCA-Questを用いて一分子蛍光観察を行いました。

データ提供:国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング分野 笠井 倫志 様

スキャンモード:Standard scan

フレームレート:40 フレーム/秒(1024 × 1024)

スキャンモード:Ultra quiet scan

フレームレート:40 フレーム/秒(512 × 512)

今後の研究展望

今後の研究の展望としては、主に以下の2つの撮影手法を用いて研究を発展させていきたいと考えています。

1.多波長化

2.三次元超解像観察

多波長化に関して、私達は現在主に2波長で一分子蛍光観察を行っていますが、これを3波長、4波長と増やしていきたいと考えていきます。例えば3波長同時イメージングを行えるようになると、そのうちの2波長は分子の挙動を観察するために使用し、残りの1波長は超解像画像の撮影のために使用するというように、2種類のイメージングを同時に行うことができるようになります。これにより、現在よりもさらに複雑な分子の解析ができるようになると期待しています。

 

三次元超解像観察に関して、現在は主に細胞膜の表面に存在する分子の挙動を観察していますが、三次元超解像観察によって膜の内側も同時にイメージングすることにより、そこに存在する小胞体やゴルジ体等と分子の相互作用を観察することができるようになります。これにより膜上で起きている現象に膜内の小胞体やゴルジ体等がどのように関わっているのか、また膜上で起きている現象の情報がどのように膜内に伝わっているのかということを解明できる可能性があります。

三次元超解像画像を撮影する方法はいくつかありますが、我々の研究室ではシリンドリカルレンズを用いた手法を使用しています。この手法で三次元超解像画像を取得するためには、二次元画像の分子の形から分子のZ軸方向の位置情報を逆算する必要があります。その際、ただ分子が光っていることがわかるだけでは十分でなく、その分子の形がどのようになっているかわかるレベルの分解能が必要になります。I.I.を使用すると感度が上がる半面、分解能が低下してしまい分子の形がぼやけてしまうため、超解像画像の作成時に画質の低下を及ぼしていました。今回、ORCA-Questを導入したことによってI.I.を使わなくてもよくなったため、この課題が解決できました。また、I.I.によるゆらぎがなくなったことで輝度の定量性も向上しましたが、これも超解像画像を構築する際の画質の向上につながっています。ORCA-Questは、私達の研究のさらなる発展を支えるカメラだと思っています。

国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野について

2023年6月 国立がん研究センター研究所にて、鈴木健一 氏を分野長、笠井倫志 氏をユニット長とする先端バイオイメージング研究分野が新たに開設されました。

同研究所では、岐阜大学 糖鎖生命コア研究所と同じ構成の顕微鏡システムを使って、主に一分子蛍光観察を用いてがん細胞のシグナル制御機構やシグナル伝達機構等を解明することを目的とした研究を進めています。

研究者プロフィール

鈴木 健一
岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 細胞生物物理学研究室 教授
国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野 分野長

1996年11月  京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻 博士課程
1997年1月    博士 (工学) (京都大学)
1996年11月  デューク大学メディカルセンター Michael P. Sheetz研究室研究員
1999年2月    ERATO楠見膜組織能プロジェクト研究員
2005年4月    京都大学再生医科学研究所 特任助手
2008年10月  科学技術振興機構さきがけ専任研究者
2011年4月    京都大学物質-細胞統合システム拠点准教授、兼、インド幹細胞・再生医科学研究所 客員准教授
2017年4月    岐阜大学 生命の鎖統合研究センター 教授
2021年1月    岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 細胞生物物理学研究室 教授
2023年4月    国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野 分野長兼任

笠井 倫志
国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野 ユニット長
星薬科大学 客員講師

2005年3月    名古屋大学理学研究科生命理学専攻 博士課程
2005年4月    国立研究開発法人 科学技術振興機構国際共同研究事業(ICORP)膜機構プロジェクト 研究員
2010年4月    京都大学 物質-細胞統合システム拠点 特定研究員
2011年4月    京都大学 再生医学研究所 助教
2016年10月  京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 助教
2021年4月    岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 特任准教授
2023年6月    国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野 ユニット長
2024年4月    星薬科大学 客員講師兼任

廣澤 幸一朗
岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 細胞生物物理学研究室 研究員

2010年3月    京都大学工学研究科マイクロエンジニアリング専攻 博士課程
2010年4月    京都大学 物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 研究員
2017年4月    岐阜大学生命の鎖統合研究センター 研究員
2021年1月    現職

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このアプリケーション事例で使用された製品

世界で初めてqCMOSイメージセンサを搭載したカメラです。量子技術や天文、ライフサイエンス分野での新たな用途の開拓が期待されます。

※現在は後継機種のC15550-22UP ORCA-Quest 2 qCMOSカメラを販売しています。

その他のアプリケーション事例

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