2026年3月13日公開
太陽系が誕生したとされている46億年前の水や有機物が、今もなお存在していると推測されている小惑星「リュウグウ」。2014年12月に宇宙へ打ち上げられた「はやぶさ2」によって、サンプルとなる粒子が採取されました。採取されたサンプルは専用のカプセルに入れられた状態で2020年12月に地上に到着し、専門の研究者たちの元に届けられました。その後、分析が続けられ、地上からの観察ではわからなかった様々なことが発見されてきています。
実際にサンプルの分析を担当された高輝度光科学研究センター(JASRI)の上杉先生に、分析の方法や分析の成果、今後の更なる展望などをお伺いしました。
-小惑星「リュウグウ」のサンプルが持ち込まれたのは、上杉先生が勤務されている「SPring-8」でした。SPring-8とはどういった施設でしょうか。
SPring-8は電子を加速させることで放射光を生み出し、生み出した放射光を利用して実験をする施設です。放射光というのはあらゆる波長の光が出てくるのですが、SPring-8はそのなかでも特にエネルギーが高い(=波長の短い)X線を生み出すための設備をもっています。8 GeV(Giga electron volts)の電子エネルギーから生まれる放射光X線は光束密度・指向性(輝度)が高く、非常に狭い面積に照射できます。SPring-8では、この光を使って微細な物質の構造解析などを行っています。高い輝度を有した放射光X線を発生させるため、施設の直径は約500 mと広大です。
SPring-8は主に高エネルギーの電子ビームを発生させる装置(現在はSACLA が発生した電子を一部SPring-8に取り込んでいる)と、加速した電子ビームを一定の速度で回し続けるための装置(蓄積リング)と放射光を使用するビームラインで構成されています。放射光は、電子エネルギーが高いほど指向性の良い明るい光が生まれ、電子ビームの進行方向の変化が大きければ大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになります。つまり大きなエネルギーを得るためには、加速器のサイズを大きくする必要があります。SPring-8が世界でも有数の大型施設になっている理由もそこにありまして、ここで得られる放射光は世界最高の特性を有しています。
SPring-8は直径約500 mの円形の放射線施設。あまりに広いため、ビームラインがある蓄積リング棟内の移動には自転車を利用する場合もあるそう。
SPring-8の内部構造
兵庫県西部の播磨科学公園都市に位置する研究施設。広大な敷地の中に複数の実験施設や日々の研究を支える関連施設が存在している。
-上杉先生が在籍されている、高輝度光科学研究センターはどのような機関なのでしょうか。
高輝度光科学研究センター(JASRI:Japan Synchrotron Radiation Research Institute)は、国立研究開発法人 理化学研究所が運営している大型放射光施設「SPring-8(スプリング- エイト)」X線自由電子レーザー施設「SACLA(サクラ)」の運転・維持管理や利用支援、それらのための技術開発を行う研究機関です。SPring-8、SACLAともに国内外に広く開かれた研究施設であり、その利用を円滑かつ高いレベルに維持するため、高い専門性を持つスタッフが多数集い、世界最先端の放射光施設の運営を行っています。
-放射光から出る波長の中でなぜX線なのか、X線を使った実験からどんなことがわかるのか、教えていただけますか。
たとえば可視光の顕微鏡でサンプルを見るとき、まず5倍などの低倍率から観察をはじめます。そして観察したい場所を特定したら、倍率を10倍、50倍と上げ、さらに細かなところに焦点を合わせていきます。ところが顕微鏡のリボルバーを回して倍率を変えただけでは、見たいものが見えないことがありますよね。それで見る場所やフォーカスを調整したり、視野が狭くなれば狭くなるほど観察視野は暗くなるので、視野に取り込む光の量を調整したりします。先ほどお伝えしたように、放射光X線は一般的なX線光源から発生されるX線よりも、きわめて密度が高く、また狭い面積に当てられる性質を持っていますので、リュウグウのサンプル粒子のように非常に微細なものを観察する際に適した光なんです。もう一つX線が示す特性として「回折」というものがあります。物質によってX線を当てたときの回折角は決まっているので、その値がわかればX線を当てた物質の周期がわかるんです。言い換えるとサンプルに当てたX線の様子からサンプルの構成要素がわかるということなんです。
材料物質の状態を知る方法としてイメージング、分光法とともに回折法はよく採用されているのですが、特に狭い面積に光を当てて情報を得る方法として回折法は非常に有効です。ここまでX線放射光の有用性がわかってきたんだから、がっつり大型の放射光実験施設を作ってより微細なものから情報を得ていきましょうよ!ということでSPring-8は誕生しました。SPring-8では、これまで放射光科学をけん引する数々の新しい技術をたくさん開発してきています。かつて「SPring-8とは?」と問われた際には「大きな顕微鏡ですよ」と答えていたこともあったのですが、すごく短く言うと「X線の顕微鏡装置」と表現できるかなと思っています。
-リュウグウのサンプル分析に携わることになったきっかけを教えてください。
リュウグウのサンプルの分析準備には、SPring-8に加え、JAXA(ジャクサ)、国立極地研究所、分子科学研究所、JAMSTEC(ジャムステック)の5チームが関わっています。この5つの組織が協定を結び、分析するために必要なことの準備を始めたのが2015年です。僕が分析のプロジェクトに参加することになったきっかけは、分析の手伝いをさせてほしいと手を挙げたSPring-8のチームの一員だったこと。ここから約5年の歳月をかけて、サンプル分析のための準備を行いました。
-検討期間の長さから膨大な量の検討課題があったと推察しますが、具体的にどういったことを検討されたのでしょうか。
このチームでは、試料の分析に関する事だけでなく、「リュウグウから持ち帰るサンプルをどのようにしてJAXAのクリーンチャンバの中でトレイに移すか」「どのようにサンプルを小分けにするのか」「どういった方法で各施設にサンプルを輸送するのか」など細かな点も含めて検討しました。サンプル分析の実験は真空中や窒素中で行うので、実験の手順を考えるのはもちろん、それに必要な器具や容器を作ったり、それらを作るために必要な新しい技術は何かを考えたり、とにかく試行錯誤しながら、何もないところからすべて作りあげていったんです。またその検討プロセスも一歩一歩進む感じで、誰かがアイディアを出すと他のメンバーが「それにはこれが使えるかも」とブラッシュアップする意見を出して試作品の作成や予行演習をする、うまくいかなかったら別案を検討する・・・そんなことの繰り返しでした。時間はかかりましたが、協定チームが組織の枠を超えて知恵を出し合ってサンプルを迎える準備を進めました。
僕は準備の段階では、カーボンナノチューブを使ったサンプルホルダやサンプルを大気にさらすことなく運搬する容器のデザイン検討に携わりました。僕のアイデアの多くはそのデザインに反映されています。SPring-8の業務から少し離れた話になるのですが、JAXAのキュレーション設備というものがありまして、そこで地上に届いたリュウグウのサンプルを開封したり、分光器で計測したり、測量したり、写真を撮ったりすることになっていたんです。それらを行うために専用のサンプルホルダや移設・保管用の仕掛けが必要だったんですが、JAXAのキュレーションチームの方々から「上杉さん、何とかしてください!」と言われて、僕が何とかする役になったんです。彼らがホルダや容器のデザインを行うためのスキルや知識をその時点では持ち合わせていなかったことと、あまりにも忙しすぎてそれらを調べる時間の確保が難しかったことから、協定チームにいた僕に白羽の矢が立ったというか、ご指名いただいたといいますか。そんな経緯でした。
キュレーション設備では持ち込める材料も決まっているし、作業自体はチャンバー内でゴム手袋をした状態で実施します。そのため、なるべく簡単に操作できるような機構・寸法にしなければなりません。作業者が女性の場合もありますので、指先に力を込めるような機構もNGです。試料を1粒ずつ入れるガラス容器の素材や形状もJAXAの担当者さんたちと議論しながら決めましたし、それを多段にスタックし高密度で保管する収納も一からデザインしました。本当に細かくて地味な検討が多かったんですよ、リュウグウの案件って。そこから超特急でJAXAの方とやりとりを行いながら、図面を引いて、試作して、3Dプリンタで試作品を作って、完成までこぎつけました。なので、キュレーション設備にあるチャンバの中に「上杉デザイン」がたくさん詰まっています。実はこの取り組み、僕にとって1円の儲けにもなっていないんです。ただただ、僕の趣味でやりましたよっていう。でも面白そうだから引き受けてしまった。そんな流れで作られたサンプルホルダや運搬用の容器が使われているっていうのは、おそらく打ち明けてもいい、内緒話です。
約22 kmの距離からみたリュウグウ
画像提供:JAXA、東京大学ほか
-これだけ入念に検討しても、実際にサンプルが届くまではわからないことがあったのではないかと思うのですが、手元に届いてはじめてわかったことがあれば教えてください。
リュウグウはC型の小惑星であることは予めわかっていたんです。C型の小惑星というのは観測すると黒く見えます。これは地球に落ちてきた隕石の分析の経験から黒い物質は有機物を大量に含んでいるものということはわかっていました。有機物を含むということは、太陽系ができてから一度も100 ℃とか200 ℃の温度環境にさらされることがなかったものと推測できます。100 ℃以上の温度にあったのなら、水はもちろん有機物も蒸発してしまいますから。水も有機物も蒸発した小惑星を観測すると白く見えます。S型の小惑星はこれに該当するといわれています。リュウグウは黒く見えるのでC型の小惑星、つまり地上に届くサンプルには水も有機物も含まれていることは推測できていたんです。ただ地球物質に汚染されていないものなのか、水にさらされていない状態のものなのか、リュウグウとして誕生する前はどんなものだったのかは想像するしかなくて「おそらくこういうものかな」という程度の推測しかできていませんでした。最も推測できなかったのは、硬さです。硬いものなのか、もろいものなのか、準備の段階では全くわかりませんでした。
わからないながらも気をつけなければと思っていたのは、大気にさらさないこと、水と酸素にさらさないこと、転がさないこと。ただ、地球に戻ってくるときに大気圏に突入して、パラシュートを開いて、ドン!と地上に落ちるわけですから、比較的大きな衝撃を受けますよね。ある程度物理的なダメージを受けてしまうことは想定内でしたので、僕としてはとにかくサンプルが汚染しないようにサンプルホルダの材質には気を配りました。JAXAのクリーンチャンバの中に入れてよい材質には制限があったので、その条件を教えてもらいながらガラス質のところは石英かサファイア、ゴムはバイトンだけ、といった形で材質を決めていきました。
-サンプルが無事に地上に降り立ち、SPring-8に運ばれたときの皆さんの反応はいかがでしたか。
無事に手元にサンプルが届けられて、SPring-8の実験装置に乗せたとき、メンバーによる撮影大会がはじまりました。実験室は2 ~ 3人入れば満室になるほどの大きさなので、総勢10数名のチームのメンバーが代わる代わる実験室に入って歴史的瞬間をカメラにおさめました。
リュウグウから来たサンプルのサイズは、3 mm ~10 mmでした。実験装置に乗せてX線CTで断層写真を撮り、隣の部屋に設置した大型モニタに撮像画像を映し出すことで大勢で観察できるようにしました。サンプルは複数提供されたので、一つずつ撮像して画像を見ながら議論を進めました。画像が映し出されるたびに「おー」とか「あっ割れている!」とか「何だろうこの塊は?」といった声が飛び交いました。その場に同席していた隕石の専門家から推察のコメントが出ると、さらに盛り上がりながら活発な議論を交わしました。イギリスにいる関係者ともオンラインで会議しました。実際に撮像してみると、想定どおりのこともあれば、想定外のこともありました。意外とのっぺりした質感というか、均一に見えるというのが印象的でした。CT撮影には浜松ホトニクスのORCA®-Lightningを使って観察したんですよ。これは今でも元気に働いています。
リュウグウ粒子:A0029
画像提供:JASRI/Phase2高知
リュウグウのサンプル分析に使われたORCA-Lightning
-X線CTを使った分析を進めていく過程で、どのようなことがわかってきていますか。
X線CT像をよく見てみると、炭酸塩鉱物(CaCO3)というものが含まれていました。カルサイト、アラゴナイトなどが有名ですね。炭酸塩鉱物は水がないとできない物質なんです。これがあるということはリュウグウには水があった、もしくは水にさらされる環境にあったということになるのですが、この塊がサイズ違いでたくさん含まれていたんです。なぜたくさん塊があるのか、なぜサイズ違いのものがあるのか、これをメンバーで考えるんですね。「塊が複数あるということは2回以上、水にさらされる機会があったからか」とか「小さいサイズの塊ができたシーズン、大きいサイズの塊ができたシーズン、少なくとも2回は水にさらされたシーズンがあるのか」といったような気づきをCT像を眺めながら数日かけて得る、なんてこともありました。あとは炭酸塩鉱物以外に粘土鉱物というものもたくさん含まれていました。学校のグラウンドの土を思い浮かべていただけるとわかりやすいかと思うのですが、粘土鉱物を作るには水が必要ですし、粘土鉱物があるということは層間水があるということにもなる。どれほどの量の水があったのかはまだわかっていませんが、水が存在していたという証拠になります。
これらは発見したことのごく一部でして、SPring-8で実験を重ねることで水の存在を示す証拠となるものが3パターンあることを突き詰めました。「水にさらされたことがある」「水を含んでいる」「水そのものである」この3つです。リュウグウには水や先ほど紹介した鉱物以外にも鉄なども含まれているので、分析がとても難しいです。SPring-8以外のチームも分析を進めていますので、今後色々なことが解明されていくのではないかと思っています。
-リュウグウのサンプル分析によって明らかになったことが生命科学の発展にどのように貢献するか、期待されていることはどんなことでしょうか。
生命科学の発展につながるかどうかは、僕は専門家ではないのでわからないのですが、今リュウグウのサンプル分析を進めている過程でわかってきたことは、リュウグウの前駆体のようなものがあったということ。僕らは母天体と呼ぶのですが、木星よりもはるか彼方に存在していたようなんです。昔の太陽系は小さな天体がたくさん存在していて、互いにぶつかり合って、ぶつかった衝撃で出た塵が漂って、またぶつかってを繰り返していたそうで、歴史の古い天体が新しい天体の内部に取り込まれながら徐々に成長して今の太陽系にある水星、金星、地球、火星、木星ができたといわれています。リュウグウの母天体も同じような流れで破壊され、一部はリュウグウと呼ばれるラブルパイル型衛星となった。今度は重力の摂動を受けて、太陽の方に吸い寄せられていて今地球の近くをくるくる回っている、これが現時点でのリュウグウのストーリーなんです。僕がやっている非破壊分析だけではなく、破壊分析、化学分析なども含めて総合的に考えると、すでにあと10億年後に消滅することが解明されている小惑星イトカワのように、リュウグウの誕生から消滅までの一生を描けるようになる。描くことで何がわかるかというと、今の太陽系ができるまでの間に起こっていたこと、つまり太陽系の起源や進化がわかるようになるのではないかと思っています。
博物館にあるような太陽系の起源の解説動画を見ても、原始太陽系星雲がくるくると回っていつの間にかいきなり現在の太陽系が現れる、っていう感じですよね。なぜかというと起源や進化の過程を誰も知らないからなんです。あの過程が面白いんじゃないかと思うのですが、それを知るのはとても難しいことなんです。謎を紐解くには、リュウグウやベンヌや火星衛星のフォボスなど、サンプルリターンを成功させて証拠を集めていくこと。情報を収集することでわからなかったことが一つ一つ明かされて、きちんと説明できる太陽系の歴史の統一見解が持てるようになるでしょうし、それによって生命誕生の起源の解明もされていくのではないかと思っています。20年後くらいかな、ちょっと楽しい結果がわかっていたらいいなと。僕は70歳くらい、生きているかな。
-上杉先生にはカメラを中心に弊社の製品を長年お使いいただいております。弊社のカメラを使う魅力、メリットなどがありましたら、ぜひお伺いしたいです。
計測データをきちんとそのまま出してくれるところです。画像処理などでむやみに脚色しないって実は使い手にとっては大事なことなんです。あとカメラはもちろんソフトウェアも含めてユーザ目線で作られているところも魅力的です。ユーザがどういうデータを出したいのかを考えたものづくりをしているのだろうなと感じることがあります。作っている人も相当オタク気質だろうなとも思いますね。目的達成のために御社のエンジニアにはたくさんの要望を出しますが、おおむね期待している答えを出してくれます。これからも浜松ホトニクスにしか作れないものをどんどん生み出していってほしいと思っています。
上杉 健太朗
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
放射光利用研究基盤センター
散乱・イメージング推進室
主席研究員・コーディネータ
1973年、埼玉県生まれ。東京工業大学理学部を経て同大学大学院へ。博士課程在学中に大阪大学から声が掛かり、大型放射光施設SPring-8の運転・維持管理を行うJASRIの研究員となる。以来、世界各地から持ち込まれる「X線で中を見てみたい」というニーズに応えて、実験装置の設計・製作から実験、論文作成、発表まで一貫して関わっている。最近では小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウ粒子の分析結果が話題になった。SPring-8主席研究員のかたわら、神戸大学客員教授も兼務。
※本ページに掲載している内容は、2023年3月の取材時点のものです。
X線ビームを蛍光体で可視化するイメージングユニットとデジタルCMOSカメラなどを組み合わせた撮像システムです。独自の間接型X線撮影機構を採用し、様々なタイプのカメラを組み合わせてリアルタイムX線撮影が可能です。
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