ORCA®-Questのコンピュテーショナル量子イメージングへの応用

2024年11月18日公開

広島大学大学院統合生命科学研究科 超階層システム数理行動学研究室 様は、コンピュテーショナルイメージング技術を用いたイメージング手法の開発を行っており、その中でも特にライトフィールド顕微鏡技術と量子センシング技術の開発をされています。ライトフィールド顕微鏡用のカメラには、感度の高さ、ピクセルサイズの小ささ、フレームレートの速さ、視野の広さなどの性能が求められており、これらの条件を満たすカメラとしてORCA-Quest qCMOSカメラを導入いただきました。

同研究室の特定教授である杉 拓磨 様、主にORCA-Questを用いた実験を担当している博士前期課程1年の中根 有梨奈 様にORCA-Questを導入した経緯やその使用感、今後の研究の展望についてインタビューを行いました。

 

研究について

-研究内容について教えてください。

 

当研究室では、コンピュテーショナルイメージング技術を用いたイメージング手法の開発を行っており、その中でも特にライトフィールド顕微鏡技術と量子センシング技術の開発をメインに行っています。ライトフィールド顕微鏡は、特殊な光学系を用いることで3次元の情報を2次元画像の中に記録することができるため、その2次元画像から高速に3次元情報を演算し、3次元像を復元することができます。そのため、共焦点顕微鏡やライトシート顕微鏡のような空間スキャンが必要なく、100倍以上高速に3次元画像を取得することが可能です。しかし、そのトレードオフとして、空間分解能が低いという欠点がありました。当研究室では、情報科学的な画像処理技術の開発により、この空間分解能を1細胞レベルの分解能に高めることに成功し、独自の4次元イメージング技術を確立しました。

また、上記のような最新鋭の光イメージング技術や数理モデリング等の物理学を融合し、脳神経回路の情報処理機構を始めとする生体内ダイナミクスの研究も行っています。

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杉 拓磨 様

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中根 有梨奈 様

ライトフィールド顕微鏡における課題

-ライトフィールド顕微鏡にはどのような課題があるのでしょうか。

 

ライトフィールド顕微鏡にはいくつかの課題があります。

はじめに、ライトフィールド顕微鏡は共焦点顕微鏡やライトシート顕微鏡のようなスキャンが必要ないため、高速に3次元画像を取得できることが一番の利点です。一方で、その高速性を活かすためにはフレームレートの速いカメラを使用する必要があります。また、フレームレートを速くするためにはカメラの露光時間を短くする必要がありますが、露光時間を短くすると1フレームあたりの光量が減少するため、高感度なカメラが必要になるという課題があります。

次に、ライトフィールド顕微鏡の画像は空間分解能が低いという課題があるため、当研究室では空間分解能を向上させる画像処理技術を開発しています。この画像処理技術ではカメラのピクセルサイズを小さくするほど空間分解能を向上させることができるため、ピクセルサイズの小さなカメラを探していました。しかし、ピクセルサイズを小さくすると空間分解能が向上する一方で1ピクセルあたりの光量が低下するため、ここでも高感度なカメラを必要としていました。

さらに、ライトフィールド顕微鏡はスキャンが必要ないというメリットがありますが、大きな対象物を撮影する場合はセンサのサイズが小さいとそれが視野のボトルネックになり、1度に全面を撮影できないことがあります。そこで、大きな対象物をスキャンレスに撮影するためにセンサのサイズが大きいカメラを必要としていました。

 

これまでCCDカメラやsCMOSカメラといったさまざまな高感度カメラを試しましたが、感度の高さ、ピクセルサイズの小ささ、フレームレートの速さ、視野の広さなどのスペックを全て満たすカメラがないという課題がありました。

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ORCA-Questを用いたライトフィールド顕微鏡光学系

ORCA-Quest 導入の決め手

ORCA®-Questのコンピュテーショナル量子イメージングへの応用【広島大学】

-ORCA-Questの導入に至った理由や決め手を教えてください。

 

ORCA-Questの導入を決めた理由は、現時点でORCA-Questが以下の性能を最も高水準に満たすカメラであったからです。

  • 感度の高さ
  • ピクセルサイズの小ささ
  • フレームレートの速さ
  • 視野の広さ

 

ORCA-Questを導入する以前は、浜松ホトニクスのORCA-Lightningを使用していました。このカメラも非常にフレームレートが速く、視野も広いカメラでしたが、感度が十分でなく、ピクセルサイズももう少し小さくなればいいのにと思っていました。そう思っているとORCA-Questが発売されたため、すぐにデモをさせてもらったところ、感度、フレームレート、ピクセルサイズ、視野の性能が非常に高く驚きました。

さらに、現在行っている量子センサの蛍光ナノダイヤモンド粒子(FND)を用いた光検出磁気共鳴(ODMR)信号の計測では、カメラのノイズが計測に影響してくるため、できるだけノイズが少ないカメラである必要があります。ORCA-Questは読み出しノイズや暗電流ノイズ等のノイズも非常に低いため、このような計測も高精度に行うことができています。

研究展望

-今後の研究の展望を教えてください。

 

直近では主に以下のような研究テーマを持っています。

  • ライトフィールド顕微鏡と量子センサを統合した測定系の開発
  • バンドルファイバを用いたライトフィールド顕微鏡の開発
  • ライトフィールドカメラを用いた4πシステムの開発

 

また、上記の他にもライトフィールドカメラの開発や、補償光学を用いたさらなるライトフィールド顕微鏡の分解能向上、AIを用いたコンピュテーショナルイメージング技術の発展などさまざまなテーマを考えています。

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ライトフィールド顕微鏡と量子センサを統合した測定系の開発

ライトフィールド顕微鏡と量子センサを用いた測定系の開発に関しては、現在量子センサを用いて線虫の温度や活性酸素の量を測るといったことを行っています。通常の蛍光試薬とは違い、量子センサは温度の変化や活性酸素の量、pHの濃度など様々な情報をマルチパラメトリックに取得できるので、より生体のメカニズムを解明することに役立てられると考えています。

量子センサで温度を測定する際は、特定の周波数(共鳴周波数)のマイクロ波照射下ではFNDの蛍光強度が低下することを利用します。この共鳴周波数はFNDの周囲の温度を反映して変化します。そこで、マイクロ波の周波数を変えながらFNDの蛍光強度を計測し、蛍光強度が低下した周波数を見つけることで、温度を計測できます。この光検出磁気共鳴スペクトル(ODMRスペクトル)の計測では周波数掃引が必要なため、高速に測定をする必要があり、共焦点顕微鏡やライトシート顕微鏡のようにスキャンを行う撮影手法では3次元組織の様々な場所の温度情報を取得するということができませんでした。ライトフィールド顕微鏡であれば3次元組織内の様々な場所の温度を同時にイメージングができるという利点があります。

 

また、以降で紹介するバンドルファイバと組み合わせることでマウスの脳の深部など深部の3次元イメージングを行いながら、温度や活性酸素量などの情報を合わせて取得する手法の確立も行いたいと思っています。

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撮像例

HeLa細胞における明視野像とFNDの蛍光像

 

データ提供:広島大学大学院統合生命科学研究科 超階層システム数理行動学研究室 杉 拓磨 様

黄色四角部を「1細胞のFNDの1分子量子イメージング」の動画で拡大表示しています。

1細胞のFNDの1分子量子イメージング

 

データ提供:広島大学大学院統合生命科学研究科 超階層システム数理行動学研究室 杉 拓磨 様

 

FNDの計測で得られた光検出磁気共鳴スペクトルに対し、2峰性のローレンツ関数でフィッティングすることにより、下向きの2峰の頂点の中間の周波数から温度の算出が可能です。

バンドルファイバを用いたライトフィールド顕微鏡の開発

通常のマイクロレンズアレイを用いたライトフィールドイメージングでは、基本的に対象物の表層の部分しか撮影することができず、生体深部をシングルショットで3次元撮影するという技術は確立されていません。そのため、例えばマウスの脳の深部を高速に3次元イメージングすることはできませんでした。

これを実現するために、私たちはファイバフォトメトリの手法を応用して深部の3次元イメージングができる手法の開発を進めています。バンドルファイバの1つ1つのコアに入射する光は、それぞれに入射角度の情報が含まれています。この角度の情報は視差の情報と同義であるため、ここからライトフィールドを計算して3次元化する手法を開発しています。

ライトフィールドイメージングに用いるバンドルファイバ

バンドルファイバを用いたライトフィールド顕微鏡の開発を担当している井上 智好 様

2台のライトフィールドカメラを用いた4πシステムの開発

ライトフィールド顕微鏡で3次元画像を撮影する際、1度に撮影できるZ方向の厚みは対物レンズのNAによって決まります。そのため、ある程度の厚みを1度に撮影したい場合、低NAの対物レンズを使用する必要がありますが、低NAの対物レンズを使用すると光量の減少や空間分解能の低下といったトレードオフがあります。

これを解決する手法として、4πシステムの開発を進めています。4πシステムは対象物に対して上下2方向に対物レンズとカメラを配置し、2方向から撮影をするシステムです。例えば10倍 NA0.4の対物レンズで通常の1方向からのライトフィールドイメージングをしている場合、対物レンズを20倍 NA0.8に変更すると分解能が向上する一方、厚みが低下してしまいます。そのため、20倍 NA0.8の対物レンズを用いて上下2方向から撮影をすることで、厚みを2倍にすることができ、厚みを維持しながら空間分解能を向上させることができます。

現在は比較的安価で高性能な産業用カメラを2台用いて4πシステムを構築していますが、将来的には2台のORCA-Questで構築できれば、さらにS/Nの高い画像を得ることが期待できます。

2台のライトフィールドカメラを用いた4πシステム

研究者プロフィール

杉 拓磨
広島大学 大学院統合生命科学研究科 超階層システム数理行動学研究室 特定教授

2003年3月    京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 修士課程修了
2003年4月    武田薬品工業株式会社 化学研究所 研究員
2007年4月    名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 生体構築論講座 CREST博士研究員
2011年4月    京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 日本学術振興会特別研究員PD
2012年10月  京都大学 物質–細胞統合システム拠点 特任助教,国立研究開発法人 科学技術振興機構 さきがけ専任研究者
2016年8月    滋賀医科大学 神経難病研究センター 特任准教授(2018年4月より助教)
2020年4月    広島大学 大学院統合生命科学研究科 特任准教授
2021年4月    広島大学 大学院統合生命科学研究科 准教授
2023年4月    広島大学 特定教授 称号授与

中根 有梨奈
広島大学 大学院統合生命科学研究科 超階層システム数理行動学研究室 博士前期課程1年卓越大学院プログラム

2024年3月    広島大学理学部生物科学科 卒業
2024年4月    広島大学 大学院統合生命科学研究科 超階層システム数理行動学研究室

この事例で使用された製品

世界で初めてqCMOSイメージセンサを搭載したカメラです。量子技術や天文、ライフサイエンス分野での新たな用途の開拓が期待されます。

※現在は後継機種のORCA-Quest 2 qCMOSカメラ C15550-22UPを販売しています。

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