重粒子線がん治療への応用を目的とした重粒子線イメージング計測技術の開発

2025年1月10日公開

国立研究開発法人産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門 先進ビーム計測研究グループ 様は、X線・陽電子・中性子等の量子ビームを用いた先端計測・分析技術の開発を行い、材料開発や安全安心社会の実現に貢献することを目指した研究を行っています。同研究室では、重粒子線がん治療の高度化を目的としたα線イメージング技術の開発を研究テーマの一つとしており、その中で弊社のORCA®-Quest qCMOS®カメラが検出器として使用されています。

同研究グループの研究グループ長である藤原 健 様に研究内容の詳細やORCA-Questを使用して得た成果、今後の研究展望などについてインタビューを行いました。

 

研究について

-研究内容について教えてください。

 

当研究室では、重粒子線がん治療における線量分布測定の、高度化を目的とした粒子線のイメージング技術の開発を行っています。

近年では、放射線を用いたがん治療の中でも炭素線を用いた重粒子線がん治療が効果的な治療法として注目されています。現在は放射線治療に用いられる線源として主にX線が使用されていますが、照射されたX線は人体の表面で最も線量が高く、がんの患部がある人体深部にいくにつれて線量が低下するという性質があります。そのため、がん患部だけでなく人体表面などの正常組織も被ばくしてしまうという課題があります。

一方、α線や炭素線などの重粒子線は、人体表面では線量が低く、患部に近づくにつれて線量が高くなるブラッグピーク(Bragg peak)を持つという特性を持っています。この特性により、人体表面の正常細胞には影響を与えずに、患部の細胞のみを選択的に照射することができるようになります。このため、現在さまざまな機関で炭素線の照射技術の開発が進められていますが、これらの重粒子線を狙った位置に照射するためには、どの程度の強度でどのような位置に照射すればいいのかを高精度に計測し、その結果を用いて線源の強度や照射位置を調整する必要があります。

しかし、現在重粒子線を高精度にイメージング計測するための技術にはさまざまな課題があり、確立されていません。私たちの研究室ではそれらの課題を解決する新たなイメージング技術の開発を進めています。

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藤原 健 様

重粒子線のイメージング計測における課題

Glass GEMの概念図

 

資料提供:産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門 先進ビーム計測研究グループ 藤原 健 様

-重粒子線のイメージング計測にはどのような課題があるのでしょうか。

 

現在重粒子線の計測には「電離箱」という検出器が主に使用されています。しかし、電離箱はポイント検出器のため、それ単体では位置分解能を持たず、2次元の線量分布の測定には使用できないというデメリットがあります。近年、電離箱をアレイ状にした検出器も登場していますが、空間分解能も5 mm程度しかなく、多チャンネルの読み出しには多数の回路が必要になり、実装のハードルが高くなることに加え、コスト面での負担も大きくなります。

 

そこで、私たちの研究室ではGEM(Gas Electron Multiplier)と高感度カメラを用いた検出器の開発を進めています。GEMはガスを用いて電子を増幅する機能を持つ2次元の放射線検出器として開発されたものですが、当研究室が開発したGlass GEMは、従来のGEMと比較して高い増幅率が得られることに加え、蛍光ガスとしてAr/CF4を組み合わせることで、高感度かつ高分解能に重粒子線をイメージングすることができます。このGlass GEMと浜松ホトニクス製のORCA-Quest qCMOSカメラを用いることで、非常に高S/Nかつ高分解能に重粒子線のイメージング計測が可能になりました。具体的には電離箱アレイを用いた検出器の空間分解能が5 mm程度なのに対し、Glass GEMとカメラを用いた検出器では1 mm程度の空間分解能でイメージングができています。

ORCA-Questを用いた成果

-ORCA-Questを使用したことでどのような成果が出たのでしょうか。

 

ORCA-Questを使用する以前は、同じく浜松ホトニクスのORCA-Flash4.0 V3をカメラとして使用していました。このカメラでもGEMと組み合わせることで、粒子線の一種であるα線のイメージングはできていたのですが、感度の不足やノイズの影響であまりコントラストの良い画像が取得できていませんでした(撮像例1)。

カメラをORCA-Questに変えたところ、ORCA-Flash4.0 V3と比較して劇的にS/Nが向上しました。撮像例2は実際にORCA-Questを用いてα線をイメージングした例ですが、α線一つ一つが飛来している様子をイメージングできているだけでなく、線量の強弱も高精細に表現できており、ブラッグピークによって飛跡の先端が最も線量が高くなるということも視覚的に表現できています。従来のα線の検出手法では、撮影した画像を積分してボヤっと光っていることが分かる程度でしたので、α線が0個なのか1個なのかを区別できるという高い検出性能は、イメージングと計測を両立させるうえで非常に画期的なものでした。

 

今後この検出器が医療機器や治療技術として使用されることになった際には、人命にかかわるものになるため、非常に高精度な検出が求められます。そういったときにこの性能の高さが活きてくると考えています。

Glass GEMとカメラを組み合わせた検出器

撮像例

1. ORCA-Flash4.0 V3を用いたα線の可視化画像

画像提供:産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門 先進ビーム計測研究グループ 藤原 健 様

2. ORCA-Questを用いたα線の可視化画像

 

撮影モード:Standard scan

露光時間:10 ms

インターバル:14.12 ms

利用画素数:1024(H)× 576(V)

 

画像提供:産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門 先進ビーム計測研究グループ 藤原 健 様

研究展望

-今後の研究の展望を教えてください。

 

今後の重粒子線がん治療の展望としては以下のようなものがありますが、当研究室が開発した検出器を用いることで、これらの研究開発の進展に貢献したいと思っています。

 

  1. スポットスキャニングを用いた3次元的な重粒子線の照射
  2. FLASH照射を用いた副作用の少ない治療技術の開発

1のスポットスキャニングに関してですが、従来重粒子線を患部に照射する際は、患部の大きさ程度にコリメートした光線を照射していました。重粒子線は人体表層には悪影響を与えないというメリットがあるものの、患部の周辺にある正常細胞にはある程度の線量が照射されてしまうという問題が残っていました。これを解決する方法として、重粒子線をペンシルビームと呼ばれる細い光線に成形し、それをX-Y方向に動的にスキャンしながら局所的に当てるという手法が提案されています。さらに、線量を変えることで奥行き方向の照射位置も変えることができるため、患部に対して3次元的に重粒子線を照射することができます。

ここで、このペンシルビームが3次元的に狙った位置に照射されているかどうかを検証するために当研究室が開発したGlass GEMとカメラを組み合わせた検出器が用いられます。この検出器では、重粒子線の2次元的な分布と線量の強度を同時に、かつ動的に検出できるため、3次元の線量分布を正確に把握することができます。この検出器を用いることで、今後スポットスキャニングの手法がさらに発展することを期待しています。

 

2のFLASH照射に関しては、現在「FLASH照射」という照射手法を用いた副作用の少ない治療法の開発が進められています。FLASH照射とは、従来の線量と比較して数百倍以上の非常に高い線量を一瞬だけ患部に照射する手法のことで、弱い線量で長い時間照射する場合と比較して、治療効果は維持しながらも人体への悪影響が少なくなることが実験的に示されています。FLASH照射では非常に短い時間で強い線量を照射しますが、このような光線を出すためにはシンクロトロン加速器を少し特殊な動作で使用します。そのため、狙い通りの強度で狙い通りの位置に照射されるかどうかが未知数な状況です。これを検出するためにも当研究室が開発した検出器が使用できると考えています。

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研究者プロフィール

藤原 健
国立研究開発法人産業技術総合研究所 計量標準総合センター 分析計測標準研究部門 先進ビーム計測研究グループ 研究グループ長

2009年3月    東京大学大学院工学系研究科 原子力国際専攻 博士課程修了(工学博士)
2009年4月    東京大学大学院工学系研究科 原子力国際専攻 特任研究員
2010年4月    東京大学大学院工学系研究科 原子力専攻 助教
2015年4月    産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門 研究員
2019年10月  産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門 主任研究員
2023年4月    産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門 上級主任研究員
2023年10月  産業技術総合研究所 研究戦略企画部 企画主幹
2024年10月  現職

関連製品

ORCA-Quest 2は、ORCA-Questの後継機として極めて低ノイズなスキャンモードにおける読み出し速度の高速化や紫外領域での感度向上を実現。更なる進化を遂げた新たなqCMOSカメラです。

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