生物発光顕微鏡の限界に挑む

生物の微弱な発光を用いて生きた細胞や動物を画像化する生物発光顕微鏡法は、蛍光顕微鏡法と比較して多くの利点があり、多くの研究者が生物発光顕微鏡の観察手法の開発を進めています。特に神経科学の研究において有効な手法であることが示されています。

Institut de Ciencies Fotòniques(ICFO)のMichael Krieg 様とその共同研究者は、生物発光顕微鏡の利点を明らかにし、また生物発光顕微鏡の限界を越えることで、線虫やその他のモデル生物で細胞動態を捉える高速な3次元イメージングを実現しました。

 

Caenorhabditis elegansは体長1 mmの小さな線虫で、過去60年間モデル生物として使用されてきました。 Copyright © 2022, Luis Felipe Morales-Curiel, Michael Krieg et al.

 

 

生物発光顕微鏡のメリットと課題

生物発光顕微鏡で観察するシグナルは、酵素(ルシフェラーゼ)と、その基質(ルシフェリン)の化学反応によって生成されます。生物発光顕微鏡の一般的なアプローチと得られる情報は蛍光顕微鏡と似ていますが、励起光を使用しない点が生物発光顕微鏡の大きな利点です。励起光を使用しないことで、サンプルの自家蛍光によるバックグラウンドシグナルが発生しないため、観察したい特定のシグナルが埋もれずに高いS/Nで観察ができます。

 

また、蛍光顕微鏡で使用されるような強い励起光は、応用例1に見られるようにサンプルに光毒性を引き起こす可能性があります。生物発光顕微鏡では励起光を当てないことでサンプルの光毒性を軽減できることも利点です。

応用例1 : Fluorescence vs bioluminescence on C. elegans after induced stress1

ストレスレポーターとして働くDAF-16を融合したmNeonGreen-NanoLanternを用いて、線虫の細胞内ストレス応答を測定しました。ストレス要因がない場合、DAF-16は細胞質に存在しますが、ストレスがかかるとDAF-16のほとんどが核に存在するようになります。実験は、mNeonGreenの蛍光観察(図b)と、mNeonGreen-Nanolantern融合体を用いた発光観察(図c)で行いました。熱で刺激した後、ストレス応答は蛍光観察と生物発光観察の両方で検出されますが、生物発光のほうが特異的な自家蛍光が存在しないため、その変化は顕著に検出されます。興味深いことに、対照実験(図bおよび図c)では、おそらく励起光が原因で、蛍光観察にストレス応答が表れています。

また、蛍光マーカーは時間の経過とともに褪色しやすいため、生きたサンプルを長時間観察することは困難でした。生物発光顕微鏡では、信号の発生に必要なエネルギーを蛍光のような光物理学的プロセスではなく化学的プロセスから得るため、褪色の問題が起こりづらく、長時間の観察が可能になります。

 

しかし、生物発光は信号強度が非常に弱く、生物発光顕微鏡の観察は長時間の露光が必要となり、得られる画像が低S/Nな画像になります。そのため、生きたサンプルの観察において非常に重要である生物の動態観察が制限されてしまう点が欠点といえます。

実験系のセットアップについて

Michael Krieg 様のグループは、生物発光のための実験環境をあらゆる側面から最適化しました。生物発光イメージングの限界に挑戦するため、極端に光量を減らしたサンプルを使用し、高い時間分解能で高S/Nな画像を取得することを目指しました。その実現のために、古くから使用されているルシフェラーゼよりも明るく、スペクトル特性が多様なナノランタン(Nano Lantern)を使用しました。また、一般的な顕微鏡では十分な信号が得られないため、「LowLiteScope」と呼ばれる光の利用効率を高めた顕微鏡を製作しました。

さらに、実際に取得した画像はシグナルが非常に弱かったため、CARE (Content Awareness Image Restoration) を適用して画質を改善し、ミリ秒単位の露光時間で、鮮明でコントラストの高い画像を取得することができました。

 

製作した "LowLiteScope "を使用するMichael Krieg 様と大学院生のLuis Felipe Morales-Curiel 様

ORCA-Quest qCMOSカメラによるイメージング

今回の実験では、ORCA-Quest qCMOSカメラを使用しました。0.27 e-という極めて低い読み出しノイズと高い量子効率により、ほぼ単一光子レベルまで識別可能なS/Nを実現したカメラです。

ORCA-Questの4.6 μm × 4.6 μmという画素サイズは、集光効率と空間分解能の面でLowLiteScopeの光学系に非常に適しており、これらを組み合わせることで、高画質な画像を取得することができました。

 

また、ORCA-Questの画素数は9.4万画素と多く、視野を犠牲にする必要はありません。さらに、この画素サイズと画素数は、「LowLiteScope」の3次元撮影のスピード向上にも貢献しています。ORCA-Questの小さな画素サイズと多画素数により、3次元ライトフィールドを2次元カメラセンサーに投影し、生物発光を用いた線虫全体の高速3次元撮影を可能にしました。従来のライトフィールドイメージングでは、3次元オブジェクトの複雑な計算による再構成が必要で、最大で30分もの時間がかかることもありました。このプロセスを高速化するために、ニューラルネットワークを採用し、3次元再構成にかかる時間を100ミリ秒に短縮しました。この方式を用いることで、5秒の露光時間で満足のいく結果を得られるようになりました。

また、露光時間をさらに短縮するために、再構成の前にCAREを適用しました。これにより、信号強度を維持しながら、露光時間をさらに20分の1まで短縮することができました。5ボリューム/秒での生物発光AI再構成ライトフィールド顕微鏡の例を、以下の応用例2に示します。

応用例2 : 自由に動く線虫の筋肉にある生物発光カルシウムレポーターのライトフィールド画像

結果と今後の応用について

Luis Felipe Morales-CurielとMichael Krieg博士は、生物発光顕微鏡を生物学者にとっての汎用的なサンプル観察手法として確立しました。生物発光は、蛍光に比べて試料へのストレスが少なく、バックグラウンドノイズが少ないという利点があります。一方で、生物発光顕微鏡は得られる信号量が低く、それに伴って露光時間を長くする必要があるという欠点がありました。これに対し、最も明るい生物発光色素の使用や、低シグナルの感度に最適化された機器によるデータ記録、最新の機械学習ベースのアプローチによるデータ処理など、イメージングに関わる一連の機器構成全体を最適化することでこの欠点を克服しました。

 

Krieg博士の研究室では、この生物発光フレームワークを用いて、線虫や他のモデル生物、幹細胞由来のオルガノイドのメカノバイオロジーと神経科学の研究をさらに進める予定です。最近の研究において、このフレームワークは、光子ベースのシナプス伝達経路を確立するためのカルシウムトリガーフォトンエミッターの性能を可視化するために応用されました。

Michael Krieg博士について

Michael Krieg 博士は、スタンフォード大学の分子・細胞生理学教室 の元博士研究員。Miriam Goodman博士の研究室にて、モデル生物である線虫のニューロンにおける基本的な機械的シグナル伝達経路を研究。その後、ドレスデン工科大学にて発生生物学/生物物理学の博士号を取得。現在は、スペインのICFOのNeurophotonicsとMechanical Systems Biology Research Groupのグループリーダーを務めている。

参考文献

この事例で使用された製品

世界で初めてqCMOSイメージセンサを搭載したカメラです。量子技術や天文、ライフサイエンス分野での新たな用途の開拓が期待されます。

※現在は後継機種のC15550-22UP ORCA-Quest 2 qCMOSカメラを販売しています。

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