ORCA®-Questを用いた原子物理学と微細加工技術を融合したオンチップ・イオントラップの研究開発

2025年6月3日公開

量子コンピューター、量子通信、量子センサーなど、近年、量子の性質を応用した量子技術の開発が盛んに行われています。その中でも量子コンピューターは量子が持つ「重ね合わせ」の性質を情報処理に応用することで膨大な情報量を処理できると期待されており、様々な研究機関によって量子コンピューターの社会実装を見据えた基礎研究が進められています。

 

量子コンピューターの主な方式の1つである「イオントラップ」は、読んで字のごとくイオンを真空中にとどめる技術です。イオンを独立した形で配列することで理想的な量子状態を用意することができるため、精度の高い計算を行える量子コンピューターの方式として注目されています。この技術とこれをさらに応用した量子デバイスの開発を行っている大阪大学の田中歌子様、主にORCA-Questをご使用いただいている西本涼介様にインタビューを行いました。

 

研究内容について

-研究内容について教えてください。

 

大阪大学大学院 基礎工学研究科 田中歌子グループでは、原子物理学と微細加工技術を融合したオンチップ・イオントラップの研究開発を行っています。

 

イオントラップは特殊な電極を用いて電場を発生させ、真空中に原子イオンをとどめさせる技術です。イオントラップでイオンを捕獲し、さらにレーザー光でイオンの動きを抑える「レーザー冷却」を施すことで原子を1つずつ操作しやすい状態をつくります。イオンを1つずつ独立した形で配列できるということは、いわゆる「高度な量子状態」をつくることができることでもあり、これは精度の高い計算ができる量子コンピューターの実現につながっていきます。

 

また、イオントラップを操作する電極に微細加工技術を取り入れてイオントラップをオンチップ化し、集積回路としての機能を持つ量子デバイスの開発も行っています。

田中歌子様と西本涼介様

オンチップ・イオントラップにおける課題

-オンチップ・イオントラップの研究を進めるうえでどのような課題がありますか?

 

イオントラップは量子コンピューターの精度を上げる大きな要素を持っていますし、絶対零度に近い温度で動作する超伝導方式や半導体方式のような冷凍機の設備が不要な分、量子コンピューターの小型化を実現しやすいと考えられます。一方で、真空中のイオンというミクロでデリケートなものを扱う難しさがあり、いかにイオンの状態を一定に保つかもさまざまな技術を要します。イオンの状態を一定に保つには、イオンの状態を乱す電圧のノイズやレーザー周波数のゆらぎなどを極力抑える必要があります。

 

オンチップ化する上での課題としては、超高真空内にトラップ電極を設置するため、電圧を印加するための配線などの実装方法をどうするかが挙げられます。超高真空の状態というのは普通の世界では存在しないものですから、非日常的な世界でものを扱うということ自体に困難さがあります。

 

またどの方式にも共通の課題がいかに大規模化するかという点です。意味のある計算をするためには数万個から究極的には100万個のオーダーの量子ビットが必要ともいわれており、どうやってそのオーダーに到達するのかは大きな課題です。

田中歌子様

田中歌子 様

イオントラップデバイス

左:オンチップ化したイオントラップ用デバイス

右:従来のイオントラップ用デバイス

ORCA-Quest 導入の決め手

-ORCA-Questの導入に至った理由や決め手を教えてください。

 

観測対象であるイオン自体が非常にミクロなものであり、イオンが発する蛍光は非常に微弱なので、超微弱光をとらえることができるカメラが必要でした。また配列したイオンの間隔は数マイクロメートルでそれらを分離して観測しなければならないため、カメラの空間分解能の高さも必要でした。

 

高い量子効率、低ノイズ、高い空間分解能、高い読み出し速度など、わたしたちが求める条件を満たすカメラが浜松ホトニクスのORCA-Questでした。

田中歌子様と西本涼介様

ORCA-Quest 導入による成果

-実際にORCA-Questを使用したことによる成果、導入して良かったと思えることがありましたら教えてください。

 

従来はイメージインテンシファイアとCMOSカメラを組み合わせてイオンからの蛍光を観察していましたが、ORCA-Questでは単体で使用することができ高い空間分解能を有していたので、トラップされたイオンの状態の検出精度が格段にあがりました。これによりイオンを1つ1つ個別に認識することができています。また受光面のサイズも大きくなっているので、多くのイオンを1度に観察できます。それぞれの状態も鮮明に観察できるので、1度の実験で複数の精緻なデータを取得できています。

 

実はイオントラップの実験を行う際、意外とセットアップに時間がかかるんです。レーザーのパス調整や周辺装置の立上げやパラメータの調整を行い、イオンが捕獲できる条件を整えます。イオンを捕獲することができれば次はイオンにレーザーが最適な状態であたっているかをORCA-Questで観測されるイオンの蛍光画像をみながら微調整を行います。この状態をつくってはじめて実験を開始することができるんです。ここまでの過程で問題が起こると、イオンの蛍光を観測できるまで半日以上の準備時間を費やすこともあります。

 

ORCA-Questを使って実際に得られているイオン蛍光画像を下に示しています。ここでは調和ポテンシャルで捕獲されている3つのイオンが並ぶイオン蛍光画像が観測されています。イオントラップでは一般に、調和ポテンシャルの曲率に相当する周波数を持つ交流信号をトラップ電極に重畳することでイオンを強制的に揺することができます。これは強制振動と呼ばれています。示している蛍光画像では、この交流信号の周波数を調和ポテンシャルの周波数付近で掃引し、その共鳴現象を観測した結果となります。従来に使用していたイメージインテンシファイアとCMOSカメラとを組み合わせた検出方法では3つのイオンの共鳴現象を同時に見ようとしても個別に振動の様子を検出することはできませんでしたが、ORCA-Questを使用することでその高い空間分解能により各イオンの共鳴現象をそれぞれに観測できるようになっています。これにより以前までは1つのイオンを用いて複数回行っていた実験を複数個のイオンを用いて1回の実験に置き換えることができます。

 

ORCA-Questの魅力は高い空間分解能による鮮明な画像を取得できることにとどまらないと思っています。強制振動の観測例から、実験の回数を減らし研究の効率化に良い影響を与えることに加えて、実験精度の向上等にもつながっていると実感しています。また、検出精度が明らかに向上しているため、使用していて心躍るカメラであることも導入の成果といえると思います。

西本涼介様

西本涼介 様

ORCA-Questで撮ったイオントラップ撮像動画

ORCA-Questで撮ったイオントラップ撮像動画

データ提供:大阪大学大学院基礎工学研究科 システム創成専攻 電子光科学領域 田中歌子様

イオントラップに捕獲された3つのイオンに対して強制振動を引き起こすための交流信号の周波数を、イオンの振動周波数付近で掃引したときに観測されるイオン蛍光画像です。交流信号とイオンの振動周波数が一致したときに共鳴現象が起こり、各イオン毎にその幅の広がりを確認することができます。

今後の研究の展望について

-今後の研究の展望を教えてください。

 

課題の際に触れたことと少し重なりますが、イオントラップの精度向上、オンチップ化した量子デバイスの小型化と捕獲するイオンの数の増加、これらをいかに早く確実に実現していくかが研究の目標になります。わたしたちは量子コンピューターの基礎研究を行っていますが、見据えているゴールは量子コンピューターの社会実装なので、それに適したオンチップ・イオントラップとその周辺技術の研究を行っていこうと思っています。そのためには、まず今行っているイオンのごくわずかな振動運動の「見える化」を実現する技術の開発を確実に進めていきたいです。

田中歌子様と西本涼介様

研究者プロフィール

田中歌子様

田中 歌子
大阪大学大学院基礎工学研究科 システム創成専攻電子光科学領域 講師

1993年  京都大学大学院理学研究科物理学第一専攻修了 博士(理学)
1993年  日本学術振興会特別研究員
1994年  郵政省通信総合研究所 研究官
1998年  同上 主任研究官
2000年  同上 兼務 科学技術庁長期在外研究員として米国National Institute of Standards and Technologyでイオントラップ実験に従事
2003年  大阪大学大学院基礎工学研究科 助手
2006年  現職

西本涼介様

西本 涼介
大阪大学大学院基礎工学研究科 システム創成専攻電子光科学領域 博士後期課程2年

2024年3月  大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻電子光科学領域 博士前期課程修了

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