イオン光時計におけるORCA®-Questを用いた40Ca+イメージング

“時間”は物理量の7つの基本単位のうちの一つであり、また最も計測制度の高い物理量になります。言うまでもないことですが、定規で長さを測る場合、定規の目盛りが小さいほど正確に測ることができます。時間の測定もそれと同様で、時計の振動数が高ければ高いほど、時間の測定はより正確になります。現在各国の研究室で開発が進められている、世界で最も正確な時計、光時計は、その誤差が100億年に対して1秒に相当する、10-18または10-19まで達しています。カルシウムイオン光時計は、様々ある光時計の一種として挙げられます。カルシウムイオンのエネルギー準位の構造が比較的シンプルであること、必要なレーザー波長が可視域であるために半導体レーザーで実現できることなど、他の光時計と異なる特徴を持っています。それにより、高集積化、高信頼性、高ランニングレートのポータブルな光時計を実現することが期待されています。

 

光時計は、物理系、発振器、カウンターの3つの基本部分から構成されています。物理系とは、外部環境からの衝突や干渉を受けない原子、イオン、分子などの系のことで、現在の光時計では主に、光格子に閉じ込められた中性原子と、イオントラップに閉じ込められた単一イオンの2つの物理系を指しています。発振器には高安定、極狭線幅なレーザーを使用しています。カウンターは、光波とマイクロ波の接続、伝送を実現するために使用されており、フェムト秒光周波数コム、マイクロ波リファレンスで構成されています。基準となる原子系によって、様々な種類の光時計がありますが、カルシウムイオン光時計はその中でも重要な系の1つとされています。

 

ORCA-Questによる40Ca+イオン光時計の実験

40Ca+イオンは、高精度光時計の構築やアプリケーションの実現に理想的な基準系です。右の図は、カルシウムイオン光時計に関連するエネルギー準位を示しています。42S1/2がイオンの基底状態。32Dが最もエネルギーの低い励起状態であり、準安定で寿命は約1秒、42S1/2-32D遷移の自然線幅はおよそ0.14 Hzになります。32Dの寿命が長く(自然線幅が狭い)、42S1/2-32D遷移が光時計の理想的な基準遷移となるため、本実験では、42S1/2-32D5/2遷移を光時計の基準遷移として選択しています。

 

40Ca+イオン光時計の簡単な原理:まず、イオントラップ装置でRF電場を用いて個々のカルシウムイオンを捕捉し、レーザー冷却を行ってカルシウムイオンの動きを遅くします。次に、高安定、極狭線幅のレーザーを用いて、原子遷移周波数を検出します。最後に、フェムト秒光周波数コムを用いて可視周波数からマイクロ波周波数への変換を行い、極めて安定な周波数出力を直接利用することができます。

40Ca+イオンのエネルギー準位。冷却、再励起、プロービングに用いられる主な遷移を示す

40Ca+イオン光時計の構築過程では、単一光子レベルの高感度カメラによりイオンのトラップ位置を観測し、単一40Ca+イオンの蛍光(波長397 nm)検出により 40Ca+光周波数標準の安定性を判断する必要があります。一方、研究過程では、2つの40Ca+イオンの光周波数標準の比較を行います。この過程では、高感度単一光子カメラによるイオンのイメージングにより、トラップ下でのカルシウムイオンの動態を詳細に研究し、トラップシステムの最適化を実現することが必要です。

 

これまでの研究では、EM-CCDカメラが単一光子レベルの高感度を持つことから、主にEM-CCDがイメージングに使用されていました。しかし、qCMOSの登場により、光時計分野の多くの研究者に注目されるようになったため、中国科学院精密測量科学技術創新研究院(Innovation Academy for Precision Measurement Science and Technology, Chinese Academy of Sciences)で比較実験が行われました。

実験セットアップ

ORCA-Quest

露光時間:500 ms

ビニング:4x4

スキャンモード:Ultraquiet scan

EM-CCD

EMゲイン:300

露光時間:500 ms

結果として、ORCA-Questの感度はEM-CCDと同レベルに達しており、40Ca+イオン光時計のアプリケーション要件を満たすことが可能となりました。同時に、ORCA-Questは画素サイズが小さくなっており、かつフレームレートが向上しています。今後、画素サイズに合わせた光学系の最適化を行うことで、さらに良い結果が得られることが期待されます。

研究の将来的な展望について

国際度量衡局(The International Bureau of Weights and Measures, BPIM)は、国際的な「秒」の定義について、遷移周波数の参照値を更新しました。中国科学院精密測量科学技術創新研究院のGao Kelin氏の研究グループが開発した40Ca+イオン光時計システムは、その参照値の1つに挙げられています。その精度は105億年に1秒以下、3*10-18のレベルを達成しており、宇宙ステーションにあるRb光時計の350倍の精度を持っています。このような光時計では、太陽の寿命に対して1秒程度の誤差しかないことになります。

 

現在の40Ca+イオン光時計は10-18レベルに到達していますが、いまだ極限には達していません。そのため、カルシウムイオン光周波数標準の限界についての研究は、今後も注力が進んでいくものかと思われます。また、複数イオンの利用や、イオン光周波数標準の安定性を向上させたい(より短時間で10-18の精度)という展望も挙げられています。ORCA-Questは高精度な光時計の実際的な応用を実現すると同時に、高感度を維持したまま、高いフレームレートと分解能を確保できると考えています。さらに、ORCA-Questが読み出しノイズを0.27 electron rmsまで低減することで実現した「光子数識別(Photon number resolving)」が、この研究の可能性をさらに広げていくことが期待されます。

この事例で使用された製品

世界で初めてqCMOSイメージセンサを搭載したカメラです。量子技術や天文、ライフサイエンス分野での新たな用途の開拓が期待されます。

※現在は後継機種のORCA-Quest 2 qCMOSカメラ C15550-22UPを販売しています。

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